2018年05月04日

レゴ世界遺産展探訪10−1

★ アジア編1−1 ★

今回から、日本を除くアジア編に移る。

★ ★ ★ ★ ★

18.
シンガポール植物園
作:Wong Jun Heng & Jeffrey Kong

〈画像〉
Bandstand, Singapore Botanic Gardens - 20060805
(画像引用元=Wikipedia英語版
         ”Singapore Botanic Garden”より、ウィキメディア経由)
※ 画像クリックで引用元に遷移。

文字通り、シンガポールにある植物園。
開園は1859年。
当時、大英帝国統治下にあったため、植民地政府の支援により完成した。
もともとは、果樹や野菜、熱帯植物などの研究のための施設であったが、
後に公園としても整備。63.7ヘクタール、東京ドーム13個分に相当するエリアに、
国立洋蘭園、生姜園など5つの展示施設の他、三つの湖、野外音楽堂などが存在する。
展示されている植物は、約6万種類に及ぶという。

     ★ ★ ★ ★ ★

〈写真@〉
シンガポール1.jpg

全体の見た目は華やかでありながら、何処かメルヒェンチックでもある。
東南アジアの植物園がテーマだが、だからといって、
アジアンテイストな香りはしない。むしろ、西洋的である。

作品は、園内にある”Bandstand”と呼ばれる四阿(あずまや)と
その周辺がモデルである。
1930年に建てられたもので、
もとは野外音楽堂として使用されていた建物だ。
軍楽隊が夕べの調べなどを奏でていたらしい。
園内でも著名なスポットだという。

建物の形式は、ガゼボ(”Gazebo”)と呼ばれるもので、
18世紀中頃にヨーロッパで流行した四阿建築の形式の一つである。
中国式庭園に見られる『亭(てい)』と呼ばれる四阿をモチーフにしたもので、
その多くは、柱だけで壁のない八角形の建物だ。
1750年、英国の建築家ジョン・ハーフペニーと
ウィリアム・ハーフペニー共著による『中国風の田園風景』により、
初めて紹介された。

デザインの起源はアジアだが、
それをイギリスが自国の庭園文化に馴染むよう翻案したものが、
このガゼボである。造りが非常に西洋的であるのは、その為だ。

〈写真A〉
シンガポール2.jpg

建物の造りは、非常にシンプルな積分により成り立っている。
特にこれといった奇を衒う要素はない。
八角形のとんがり屋根の造りもごく単純な積分で出来ているが、
ポチスロを並べて八方への降り棟を表現したのは絶妙である。

積分だけでやってしまうと、屋根が階段状になるため、
解像度の低い堅苦しい印象を見る人に与える。
しかし、ほんのちょっとポチスロで斜めの線を加えてやるだけで、
屋根の滑らかな傾斜面を感じさせることが出来、解像度も高く見せることが出来る。
よりリアルに見えるということだ。
これは上手い。

     ★ ★ ★ ★ ★

しかし、この作品の本当の凄さは、建物よりむしろ周囲の草木の表現である。
レゴで、リアルな植栽の表現は、なかなか難しい。
それをこの作者は、どう克服したのかを次回解析する。

続く

註※ 写真@〜Aは全て筆者による。


posted by KM at 12:00| Comment(0) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月03日

レゴ世界遺産展探訪9−2

★ マイクロビルド編2 ★

前回の続き。

★ ★ ★ ★ ★

15.
『古都グアナフアトとその銀鉱群』より
グアナフアト
作:かたおかしんご


〈画像@〉
wikiグアナファト.jpg
(画像引用元=Wikipediaスペイン語版”Guanajuato (Guanajuato)”、ウィキメディア経由)
※ パノラマ写真の一部をトリミング。文字クリックで引用元に遷移。

メキシコ・グアナフアト州の州都。
メキシコ中央高地、標高1996メートル地点に広がる鉱山都市だ。

グアナフアト州は、地下資源の豊かな土地で、
現在まで金・銀・銅・鉛・水銀といった金属の他、
オパールの産地として知られている。
まず16世紀に金鉱床が見つかり、スペイン人が入植。
以降、ゴールドラッシュを目当てに労働者や商人が集まり、
人口が増加。一大鉱山都市となった。

1774年には、この町に飛躍的な富をもたらすことになる
ラ・バレンシアーナ銀山が操業を開始。
最盛期には世界の銀の生産量の3分の2を占めた。
以降250年以上、世界の銀の30%を生産。
かつてに比べ激減したとはいえ、現在もその採掘は続いている。

     ★ ★ ★ ★ ★

マイクロビルドは、例えば都市や島といった、
エリア全体の景観をコンパクトに再現するにはうってつけの方法である。
但し、一つ一つのものが小さいため作り込みが難しく、
細かく見てしまうとどうしても大味なものとなってしまうのが難点だ。
必然、これを克服するのが作り手の腕ということになる。

作者曰く、
〈グアナフアトの具体的な場所ではなく、
特徴的な色とりどりの町並みと地下道、英雄ピピラを再現しました。
レゴⓇブロックの楽しさ、グアナフアトの魅力が伝わればと思います。〉

とのこと。

その町並みはあらゆる色に溢れている。
実際の町並みと見比べると、その点をかなり強調したのが判る。
ちょっとやり過ぎのようにも見えるが、
もっともこれぐらいやっても厭らしさはない。
むしろ、中南米特有の色彩の暴力というか、
そういう躍動的なアクの強さが感じられて面白い。
レゴの色彩の持つポップな側面を最大限に生かした作品と言えるのではないか?
事実、見ていて飽きない。
とても楽しい作品である。

〈写真@〉
グアナファト1.jpg

画面左上に、英雄ピピラの像が見える(写真A参照)。
ピピラとは通り名で、
本名は、フアン=ホセ=デ・ロス・リェス=マルチネス=アマーロという。
19世紀の人物で、この町の英雄だ。

〈画像A〉
El Pípila
(画像引用元=Wikipedia英語版”Guanajuato City”より、
                   ウィキメディア経由)
※ 画像クリックで引用元に遷移。

彼はもともと、グアナフアトから約100キロほど東に離れた
サンミゲル・デ・アジェンデという町に住まう鉱夫であったが、
1810年に始まったメキシコ独立革命に参加。
スペイン人支配者層の集まるグアナフアトに入ったピピラは、
彼らが籠城した穀物取引所(アロンディガス)を襲撃。
その陥落、解放に貢献した。

〈写真A〉
グアナファト5.jpg

地下道が見える。
この作品には、いくつかのトンネルが登場する。
地下道は、この町の名物である。

グアナフアトは谷間の町で、洪水の頻繁に起こるところであった。
このトンネルにはかつて川が流れていたが、20世紀半ば、
度重なる水害から町を守るべく、治水土木技術者達の手により河川の流れが変えられた。
上流にダムを造り、流れを地下洞窟に付け替えたことにより、市内の洪水は減少。
余ったトンネルは道路に転用されることとなった。
以後、この旧地下河川跡を利用した道路網は、この町の名物となった。

〈写真B〉
グアナファト2.jpg

家々の造りに注目。
色とりどりのライトブロックを用いて窓を表現している。
出窓にしたり引っ込めたりと様々だ。
住宅の玄関や表通りに面した店の開口部などは、
1x3x1のアーチや1x2x1の窓枠などで再現している。

〈写真C〉
グアナファト3.jpg

〈写真D〉
グアナファト4.jpg

〈写真E〉
グアナファト6.jpg

〈写真F〉
グアナファト7.jpg

★ ★ ★ ★ ★

16.
『ドナウ河岸、ブダ城地区及び
アンドラーシ通りを含むブダペスト』より
ブダ城
作:藤田慎也

〈画像B〉
BudapestCastle 028
(画像引用元=Wikipedia日本語版『ブダ城』より、ウィキメディア経由)
※ 画像クリックで引用元に遷移。

〈バラ〉に〈真珠〉、〈女王〉に〈パリ〉、
様々な美の象徴に喩えられる都・ブダペスト。
ハンガリー共和国の首都である。

ブダペストの名は、その名のとおり、
ドナウ川西岸のブダ地区と東岸のペスト地区の二つから成る。
作品にあるブダ城は、西岸の丘の上に建つ。

現在の王宮の原型となる城の築城は13世紀に遡る。
もとは木造であったが、1241年のモンゴル軍の侵略により破壊。
これをアールパード朝ベーラ4世統治下時代に石造に改築したのが最初である。
以降、時の国王による改築、大火や戦乱による損壊からの再建など、
幾度も普請を繰り返しながら現在に至る。
ブダ城は現在、国立美術館や歴史博物館などに使用。
敷地の一隅に大統領官邸が置かれている。

     ★ ★ ★ ★ ★

ドナウ東岸から見るような錯覚を覚えるほど、精密で端正。
美しい仕上がりである。

〈写真G〉
ブダペスト1.jpg

〈写真H〉
ブダペスト2.jpg

この作品で驚いたのは王宮のアーチ窓の表現である。

〈写真I〉
ブダペスト4.jpg

窓に使っているのは、以下のパーツだ。

〈図@〉
パーツ見え方4.jpg

通例、恐竜や怪獣の爪や牙に使うパーツだが、
裏返しに立てて使うと、アーチ窓、或いはアーチのあるエントランスとなる。
これは面白い見立てだ。

〈写真J〉
ブダペスト3.jpg

★ ★ ★ ★ ★

17.
モン-サン-ミシェルとその湾
作:渡瀬達生、武田千春、熊崎智美


〈画像C〉
L'Abbaye du Mont-Saint-Michel, vue du ciel
(画像引用元=Wikipedia日本語版『モン・サン=ミシェル』より、ウィキメディア経由)
※ 画像クリックで引用元に遷移。

フランス・ノルマンディー地方南部、
サン・マロ湾に浮かぶ小島と、
その頂に立つ修道院をまとめてそのように呼ぶ。
サン・マロ湾は、ヨーロッパ有数の干満の差の激しい海域として知られる。
この島は、干潮時には島と陸が露わになった海底地形により一続きとなり、
満潮時には海に浮かぶ島となる。

     ★ ★ ★ ★ ★

〈写真K〉
モンサン1.jpg

緑地の部分は、模型の緑地表現に使う天然海草のようである。
解説を一部抜粋すると、
〈緑をブロック以外の素材で表現する事で本体の質感を強調するように工夫しています。〉
とのことだが…、
彼らなりに何らかの理念があるようだが、
正直、そう説明されてもピンと来ない。
〈本体の質感を強調する〉とはどういうことなのか?
海草の緑地はレゴを引き立たせるのか?
刺身のツマじゃあるまいし。

これまで見てきたように、
1x2の緑のプレートの積分でも十分表現出来そうな気はする。
リアルという視点から考えると、
マイクロビルドは解像度としては粗い部類である。
引きの画で見るとそれらしく見えるが、近づく度に画は粗くなる。
それに対して天然海草の緑地は解像度が高すぎる。
違和感でしかない。
これ以外に解決する術が本当になかったのか、
疑問符を付けざるを得ないところだ。

〈写真L〉
モンサン2.jpg

蝟集する民家が丁寧に描かれている。
窓はやはり、ライトブロックである。

〈写真M〉
モンサン3.jpg

〈写真N〉
モンサン4.jpg

島の頂に立つ修道院は、カトリック・ベネディクト会系のもので、
10世紀頃、ノルマンディー公リシャール1世統治下に誕生した。
13世紀には大凡現在の姿になったという。
もっとも、建物は以降、数百年の間に、
様々な方式による改造、修築が為されたため、
バラエティーに富んだ建築構成となっている。

〈写真O〉
モンサン5.jpg

ゴシック様式の特徴でもあるフライング・バットレス(飛梁)が見える。
それ以外の建築の特徴は定かでないが、
かなり力を入れて再現を試みたことは判る。

〈写真P〉
モンサン6.jpg

     ★ ★ ★ ★ ★

マイクロビルド編は、ここまで。
次回から、アジア編。

続く

註※ 写真@〜P及び、図@は筆者による。
   また、画像@は筆者が元画像からトリミングした。
posted by KM at 12:00| Comment(0) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

レゴ世界遺産展探訪9−1

★ マイクロビルド編1 ★

何を以てして〈マイクロビルド〉と呼ぶのか、
正式な言葉の定義について問われると、私は知らない。
単にイメージだけでいうと、およそLEGO Architectureシリーズの建築群みたいなものだろう。
世界の名建築や都市の風景を可能な限り小さく再現したもの、といったところか。
世界遺産展の多くの作品は、大体、このマイクロビルドに当たりそうだが、
今回は、その中でもマイクロビルドの要素の強いものをピックアップしてみた。

     ★ ★ ★ ★ ★

まず、マイクロビルドを見るに当たり注目点としては、やはりパーツの使い方。
例えば、この分野で汎用性の高いパーツと言えば、このライトブロック。

〈図@〉
パーツ見え方1.jpg

どの面を表にするかで考え方が変わる。
円い穴(図@左)を正面にすると、
例えば、教会の丸窓、河川に注ぐ地下排水溝の出口、
四角い穴(図@真ん中)は、窓や建物のエントランスと見える。
図@の右のように置くと、同じ四角い穴でも、
パーツの一部が外に飛び出すことになるから、
出窓や、軒庇しのある玄関となる。

このパーツもよく見かける(図A参照)。
グリルブロックは表と裏で刻みの向きが異なるが、
どちらであれ、これはそのままでも遠景のビルと見立てることが出来る。

〈図A〉
パーツ見え方2.jpg

勿論、どの向きを正面にするか、どう積むかでもニュアンスは変わる。
横方向の刻みを正面にすると、それが丁度、
団地やマンションのベランダ、或いは各階の共用廊下と見える。

〈図B〉
パーツ見え方2B.jpg

縦方向の刻みを正面とすると、縦向きの線の陰翳が強調されるため、
それだけ縦に積めば遠景の高層ビルと見える。
以下のように、狭いところに集めると、
新宿副都心やニューヨークの摩天楼のような、
大都市の眺めに見立てることも可能だ。

〈図C〉
パーツ見え方2C.jpg

グリルタイルも、先のグリルブロック同様の効果を期待できる。
横にすれば、集合住宅のベランダや共用廊下、縦にすれば縦に並んだ窓の列と見える。
が、先のよりも解像度が上がるため、より近くに見える建物といった感じになる。
別の見立てをすれば、横に使って線路、縦に使って背の高いフェンスや列柱廊の柱といったところか。
無論、見立て次第では他にも使い道はあるかもしれない。

〈図D〉
パーツ見え方3.jpg

こうしたことを踏まえて、本編。

★ ★ ★ ★ ★

13.
『平泉-仏国土を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群』より
毛越寺(もうつうじ)
作:直江和由


〈写真@〉
毛越寺実物4.jpg

岩手県平泉にある天台宗の寺。
開山は850年(嘉祥3年)、円仁(慈覚大師)による。
かつては堂宇四十余り、禅房五百余りという大伽藍があったそうだが、
大火や戦乱により当時の建物は全て焼失してしまい、残ったのは浄土庭園のみである。
現在の本堂は、1989年(平成元年)に建立された。

〈写真A〉
毛越寺1.jpg

〈写真B〉
毛越寺3.jpg

写真Cに見える社は、常行堂(じょうぎょうどう)といい、
1732年(享保17年)、仙台藩主・伊達吉村公により建立されたものだ。
宝形造りという真四角の建物で宝珠を頂いた正四角錐の屋根が載る。

〈写真C〉
毛越寺4.jpg

池の中に沈んでいる橋の遺構が見える(写真D参照)。
トランスクリアのタイルの下に灰系統の色のパーツを真っ直ぐに並べ、
沈んだ橋と見立てる。

かつてこの池には、中洲を通る二つの橋が架かっていた。
手前に南大門があり、そこを潜って二つの橋を渡ると、
奧にこの寺の中心伽藍である金堂円隆寺が控えていた。

〈写真D〉
毛越寺2.jpg

立木は、濃緑のプレートをランダムに積分して再現。

〈写真E〉
毛越寺6.jpg

庭園には、ごく僅かだが柳が植わっている(写真F赤の円内)。
この柳を再現したものが図Fだ。
この作り方が面白い。

〈写真F〉
毛越寺5.jpg

ライムグリーンのグリルタイルを柳の枝に見立てている。
これは技あり! 
タイルを傾けて、風に靡く様を再現している。

〈図E〉
パーツ見え方6.jpg

およそ、以下のようなパーツ構成で組まれている。

〈図F〉
パーツ見え方5.jpg

★ ★ ★ ★ ★

14.
『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』より
軍艦島
作:かたおかしんご


〈画像@〉
Nagasaki Hashima 01
(画像引用元=Wikipedia日本語版『端島(長崎県)』より、ウィキメディア経由)
※ 画像クリックで引用元に遷移。

正確には端島(はしま)という。
長崎港沖約17.5キロ地点にある島で、
明治から戦後にかけて、海底鉱山『端島炭鉱』とその労働者の町があった。
島を取り囲む高い防潮堤や護岸コンクリート、そして、
鉄筋コンクリート造りの高層アパートの立ち並ぶその影が軍艦に似ることから、
いつしか軍艦島と呼ばれるようになった。

     ★ ★ ★ ★ ★

いかにもマイクロビルドといった作品である。

〈写真H〉
軍艦島1.jpg

島全体が廃墟で、あちこちに自然崩壊した建物の残骸が散らばる。
1x1プレートを固定せず、無造作に散らかすことで、
そうした荒廃した雰囲気を醸し出している。

〈写真I〉
軍艦島2.jpg

ライトブロックの四角い穴は、廃墟となったビルの窓か、
それとも崩れて残った鉄筋コンクリートの骨格か?
どちらにしても、廃墟の感じがよく出ている。

〈写真J〉
軍艦島3.jpg

グリルブロックによる集合住宅の表現も注目。

〈写真K〉
軍艦島4.jpg

〈写真L〉
軍艦島5.jpg

5方向ポッチ付ブロックをランダムに傾けて固定することで、消波ブロックを再現。

〈写真M〉
軍艦島6.jpg


次回に続く。
註※ 引用元の表示のあるもの以外の写真、図は全て筆者による。
posted by KM at 08:00| Comment(0) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。