〈写真@〉

住宅街の通りに点々と凡そ等間隔に並ぶ電柱。
町中の空を傍若無人に十字に分ける電線。
こうした目に見える電力の網が、近代日本の原風景として生活に定着して久しい。
ここ十年余り、国産アニメの輸出に伴い、
住宅街の空を切り取る架空配線が海外にも知られるところとなり、
日本を表象する光景の一つともなった。
近年、電線の地下埋設化が都心部などで徐々に進んでいるとはいえ、
依然として多くの人々にとり馴染み深いものに変わりはない。
本作を公開した際、意外に評判が良かったのがこの電柱と架空配線だ。
鉾町を再現する際、何としても再現したかったのものの一つが実はこの部分なのだ。
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以下は、Google ストリートビューより、
京都・新町通り、北観音山会所『上上もん屋(ええもんや)』付近の画像を
キャプチャしたものである(キャプチャ@〜B)。
(キャプチャ@)

(キャプチャA)

『上上もん屋』そばの電柱。
通常、電柱最上部に避雷用の架空地線が張られているが、ここでは見当たらない。
そういう仕様なのか?
おそらく上三本の電線が3相3線式高電圧線。
上部の腕金から、高圧引き下げ線が下の腕金に垂れている。
上下二つの腕金の間から『上上もん屋』建物に向けて引き込み線が延びており、
末端は、建物に取り付けられたアームを介して内部に引き込まれている。
襞の付いた円柱状の缶は柱上変圧器。その下の架線は、低電圧線と電信線か。
灰色の箱は、電話線の端子箱だろうか。
電柱に沿って黒いケーブルが地下に伸びている。
(キャプチャB)

『上上もん屋』から南方向に少し離れた電柱。
こちらは、高圧電線下の腕金にクランプ碍子、ケーブルヘッドなどが複雑に取り付けられている。
それ以外はあまり変わらない。
柱上変圧器があり、引き込み線が延び、と大体同じだが、こちらは街灯がついている。
どちらの電柱も、作品の電柱の位置は、実際とは異なる。
今回は、この街灯付の電柱を取り入れた。
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電柱を取り入れた理由は、大きく主に二つ。
一つは、単純にそれがあった方がリアルであるということ。
もう一つは、空間をより引き立たせるためである。
前者はその通りの話なので、主に後者について詳述すると、
こうしたヴィネットの場合、狭い空間を如何に広く大きく見せるかというのが、
一つ課題であると以前書いた。
(参考→可能な限り美しくヴィネットを制作するために(空間処理編1-1〜3))
作品の現実的な規模は規定のサイズに等しいが、
覗き込むことにより体感される規模が、
それより遥かに大きく感じられることがこうしたものにとっては望ましい。
しかし、今回の作品の場合は、実はそうした空間の広がりを確保することが難しい。
以下は、実際の宵山の写真である。
〈写真A〉

ご覧のとおり、南北に走る新町通りは狭い通りである。
山鉾が建つと、通りは確実に塞がれてしまう。それぐらい狭い。
リアルにするためには、まずはこの狭さを感じさせる必要があるため、
道路の両岸の空間の不必要な広がりを感じさせないことが肝要となる。
そのうえで大きさをアピールしなければならない。
ではどうするか?
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そこで登場するのが、電線と電柱である。
何気ない素材であるが、実はいくつもの重要な役目を負っている。
まず電線。
これには、三つの役目がある。
一つは、表情に乏しい上部の空間を埋め、引き締める役目。
実は結構上部の空間はガラ空きで、電線がないと寂しいのだ。
二つ、それと同時に、道路と平行に電線が延びることで、
枠外にも電線や道路が南北に延長しているかのように感じさせる役目。
三つ、さらに、以下のように南北方向の空間の拡張を強調することで、
東西方向(道路両岸)の空間の広がりへの注目を弱める役目だ。
〈図@〉

他方、電柱にも配線を支える以外に重大な役目がある。
ジオラマにせよヴィネットにせよ、
そこにリアルさを如何に感じられるか次第で覗き込む楽しみの度合いが変わる。
しっかり楽しんでもらうには、そのものの作り込みは勿論だが、
その世界の規模がはっきりした方がより楽しめるものだ。
電柱の利点は、誰もが見慣れたものであり、高さを容易に想像できる点にある。
京町家や山鉾の知名度は電柱には敵わない。
いずれも実物の大きさを知っている人は知っているが、
知らない人は全く知らないものだ。
〈写真B〉

ものの大きさは、当然ながら二つ以上のものを比べることで決まる。
この時、電柱を基準に比べると規模の推定は容易となる。
即ち、町家は電柱より背が低く、山鉾は電柱・電線より背が高い。
こうした三者の関係がきちんと整理されることで、その世界の規模が定まる。
覗き込んだとき、そこにある町家の軒は低く、山鉾は聳えるように高い。
ヴィネットのサイズでは30センチしかないが、
実物はかなり大きなものだろうと脳内で規模の補正が働くため、
遥かに大きなものがそこにあるように感じさせることが出来るのだ。
たかが電柱一本でも、その効果はバカに出来ないのである。
註※写真@〜B、図@は全て筆者による。