2016年10月25日

クリブリコンテスト出品作品(6-2)

前回の続き。
今回は建物編。
私の作品について、車両を除く他の要素については特にモデルはない。
対象とする都市の歴史を調べ、
Googleストリートビューで町中を歩き回り、
その建築の特徴を洗い出し、
その要素を組み合わせて独自のものを作るというのが私のやり方である。
今回の作品も、そのやり方で建築した。

          ★ ★ ★ ★ ★

イギリスは地震災害が少ない所為か、
100年を超える建物が現存、かつ現役で使用されていることが少なくない。
ロンドン市中もご多分に漏れずそうした建物で溢れている。

ロンドンの建築の特徴は何と言っても赤煉瓦であるが、
調べてみるとその歴史は1666年のロンドン大火まで遡る。
一軒のパン屋の失火から始まった火災は、燎原の火の如くロンドン市中に燃え広がり、
4昼夜に亘り町を焼き尽くた。
この大火による死者は記録によると5人(または6人とも)。家屋約1万3000余りが全焼した。
これは市の約85パーセントに相当する。
被災した家屋はいずれも木造であった。
こうしたことから、翌1667年に制定された再建法により、
建築はレンガまたは石造と定められた。
現在のロンドンがレンガ建築で溢れているのは、そのためである。

レンガ建築も300年の歴史があれば、当然、時代ごとにスタイルも異なる。
詳しくは、こちらのブログ→エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸
を参照していただきたい。

そうした建築様式の中から、
今回は、造りの華やかな19世紀末ヴィクトリア様式のタウンハウスをモデルとした。
立地は角地。
イギリスというと喫茶の文化を連想したので、
グランドフロア(便宜上以下GF、日本の建築では一階部分に相当)はカフェとした。
まずこれだけ決めて、Googleストリートビューを開く。
そうして出来上がったものが、以下のものである(写真G参照)。

          ★ ★ ★ ★ ★
〈写真G〉
2013.1.18 070.JPG

使用した色は、タン、茶、エンジ、オレンジ、ダークタン、紺の5色。
建物の壁面のレンガ部分は、主に1x2プレートと1x1プレートの積み上げで出来ている。
赤煉瓦だからといって、茶色のプレートだけ積み上げると単調な仕上がりになってしまう。
実際の建物をよくみると判るが、
赤煉瓦も風化により壁面が削れ、また汚れて黄色っぽく変色する。
目地材の色も時には目立ち、光線の加減に拠っては青みを帯びた陰影も生じる。
そうした印象をもとに、5色のプレートを点描画風に効果的に配置すると、
遠目にも立派な古いタウンハウスとなる。

第1フロアと第2フロア(日本では各々2階及び3階部分に相当。以下、便宜上1F、2F)
との間には、街路に向けて大きなランタンが吊されている。
ロンドンの角地では時にこうした建物を見かける。

交差点角のゼブラ模様の信号機は、
1960年代当時、実際、ロンドンで用いられていたデザインのものである。

あまり目立たない割りに作るのが手間だったのが直交する二つの道路。
広い道はバスを置く車道部分のためアスファルト舗装、
脇の細い路地部分は石畳、とそれぞれ様子を変えている。
いずれも横方向の積分を複雑に組み合わせて作っているが、
この手間の具合に気づく人はそういない。

道路上の白い点線は、横断歩道である。
これは、ペリカン・クロッシングと呼ばれるイギリス独自のもので、
要は、押しボタン式信号機を伴った横断歩道のことを指す。
ここでのペリカンとは、鳥ではなく、
"PEdestrian LIght CONtrolled(歩行者信号制御方式)"の略である。
各単語の太字部分の音を並べると、ペリカンと同じであるためそう呼ばれているそうだ。

ちなみに…、
これは作ってから知ったことなのだが、
信号機のデザインに惹かれてこの横断歩道を採用したのはいいが、
この歩道の登場は1969年だった。
時代設定を1960年代、ビートルズ真っ只中の時代としておきながら、
実は末期だったことが後になって発覚した。
さらに歴史を紐解くと翌70年、ビートルズ解散。71年、MkV完全廃車と続く。
現実に、こうした要素が一つに溶け合い、一つの風景を作ったとすれば、
一年あるかないかの間だったということになる。

次回、内装編。


posted by KM at 22:40| Comment(0) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

クリブリコンテスト出品作品(6-1)

2011年のコンテスト以降、作品の造りが大きく変わった。
前年の作品はファンタジーに寄せて失敗したものの、
建築や機関車の構造などで、よりリアルなものを目指すようになったことは間違いない。

また、カラクリを盛り込むことが定番となった。
静態展示なので動くか否かは関係はないのだが、
とりあえず、やるとスタッフのお姉ちゃんにウケるからだ。
おかげでやることがどんどん細かくなっていく。
必然、書くことも増えるので、今回は二回に分ける。

          ★ ★ ★ ★ ★

タイトル:"Miniature Old London"
サイズ:20ポッチ(W) x 20ポッチ(D) x 30センチ(H)
制作:2013年
備考:クリブリコンテスト垂水会場 第2位入賞

〈写真@〉
MOL.jpg

作品成立のきっかけは全くロンドンにはなく、
夜の東京・渋谷で、払い下げのルートマスター(所謂、2階建てのロンドンバス)を
偶然目撃したことに拠る。
東京ライドカフェという会社の運営する、パーティー・バスなるものらしい。
東京で2階建てバスというと、はとバスというイメージしかなかったので、
目撃したときは子供のように感動したことを記憶している。

およそ半世紀程度経過しているにもかかわらず、
その丸みの強いずんぐりとしたデザインは愛らしく、強く人を惹きつけるものがある。
近頃の車には、とんと見られぬ魅力である。
足として馴染みもなければ、ましてロンドンっ子でさえない私でもそう思うということは、
それだけ洗練された優れたデザインだったということだろう。
これを作ってみたいと思った。
真っ赤なルートマスターの走るロンドン。
おおよその絵はすぐに描けた。

          ★ ★ ★ ★ ★

ただ、ルートマスターといっても時代ごとにタイプが異なる。
かつて、これを一挙に手がけたのは、AEC("Associated Equipment Company Ltd."の略)
というイギリスの国内自動車メーカーである。
バスやトラック、軍用車両などの商用車・特殊車両に特化した一大メーカーであったが、
1962年にレイランド・モーターズの乗っ取りを受け、子会社化。
1979年に親会社に完全に吸収される形で消滅した。

ルートマスターというと、ロンドンバス全体の呼称かと思っていたのだが、
厳密には、この会社が製造したAEC RM(以下、RM)をベースとするシリーズを指すようだ。
このRMは、ロンドンバスの標準的な形式で、
1959年の生産開始以降、老朽化による運行終了(2005年)までの約半世紀に亘り活躍した車種である。
私が渋谷で見たのも、これだ〈写真A〉。
しかし、今回、この形にはしなかった。

〈写真A〉
1140px-Arriva_Heritage_Fleet_RML901_WLT_901_2.jpg
(画像引用元→ルートマスター(Wikipedia日本語版)

私がこの時手がけたのは、
RMの一世代前の車種であるAEC リージェント・マークV(以下、MkV)。

〈写真B〉
1200px-And_where's_the_driver.jpg
(画像引用元はこちら→"AEC RegentV RT"Wikipedia英語版

縦に長いフロントグリルと黒いフェンダーが特徴である。RMに比べてより丸みも強い。
フロントの黒い足まわりが、ピカピカに磨いた黒革の靴を履いた紳士のようで洒落ている。
これは、1950年代にロンドン交通局に納車されたもので、
当時のロンドンでは標準的なタイプのものであった。
この車種は、1971年までに順次廃車となりRMに取って代わられた。

この作品を作るにあたり、もう一つこだわったのは、
作品からビートルズのナンバーが聞こえるということだ。
勿論、実際に音楽は鳴らない。
鑑賞者の感性に委ねるしかないことだが、折角ならばそういう雰囲気は作りたい。
そうなると、必然、時代設定は彼らが席巻した1960年代ということになる。

1960年代というと、丁度、MkVとRMの入れ替わりの時代であるが、
世紀をまたいで活躍したRMより、ヒートルズと同じく70年代初頭に使命を終えたMkVの方が、
私の作品には相応しいと考えた。

          ★ ★ ★ ★ ★

この手のロンドンバスを手がけた作者は何人もいるだろうが、
多くは伝統的な4幅車か、大きめの8幅だ。6幅の作例は少ないように感じる。
実際、このバスを6幅で再現するには、いろいろと無理がある。
もっとも、その無理を押し通すのが私なのだが、さすがに何度か匙を投げたくなった。

飽くまでコンテスト用。オリジナルのパーツのみで構成が条件なので、
方向幕の表示がめちゃくちゃ。
"KINGS CROSS ST.PANCRAS" や "TRAFALGAR SQUARE" といった
地名のプレートがあればそれらしくていいのだが、
そんな気の利いたものが製品としてあるわけない。
実物には、路線番号、行き先、経由地の3つが表示されるが、
路線番号以外、経由地は昔のLEGO STUDIO シリーズのカチンコのプリントタイル、
ハリー・ポッターの"KNIGHT BUS" のプレートでお茶を濁す。

〈写真C〉
2013.1.18 021.JPG

横組みを駆使して、車両の持つ丸みにこだわった。
20ポッチの枠内に収まるよう、全長約19ポッチで作ったが、
無理矢理、ぎゅっと圧縮したようなバランスの悪さは否めない。
ただ、その枠の中で、3幅で運転台を作り、2階に繋がる1/4螺旋の階段を再現したり、
出来る限り腐心し、リアルに近づけた(つもりだ)。

〈写真D〉
2013.1.18 023.JPG

〈写真E〉
2013.1.18 039.JPG

〈写真F〉
2013.1.18 043.JPG

一つ失敗だったのは、車掌を乗せ忘れたことだ。
当時、このバスには、乗車料金徴収のために車掌が乗っていた。
その点は詰めが甘かったなと思う。

続く
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2016年10月21日

クリブリコンテスト出品作品(5)

2012年のコンテストについては、
「慢心があった」というより他にない。

          ★ ★ ★ ★ ★

タイトル:ヴェルニゲローデの魔女祭
サイズ:20ポッチ(W) x 20ポッチ(D) x 30センチ(H)
制作:2012年
コンテスト作品 033.JPG

本作は、拙作ハルツ狭軌鉄道編成制作のきっかけになった作品で、
詳細は拙ブログハルツ狭軌鉄道編成(1-1)に書いたとおりである。

前年、例のチャンピオンより上位で入賞したので、
今度は一位を取るつもりでいた。
スタッフさんから「おおっちさん、今年もエントリーしてますよ」とも聞いていたので、
ついでに、完膚無きまでに叩き潰してやろうと考えた。

しかし、結果は全くの逆だった。
完膚無きまでにやられたのは、私だった。
この年、彼は一位になった。そして東京に出ていった。
肝心なところで仕留められなかったのは悔しい。
このおおっち氏は、現在、
LDC東京マスタービルダーを務める大澤よしひろ氏である。

          ★ ★ ★ ★ ★

もし彼がこれを読んだなら、おそらくぎょっとするだろうが、
実のところ彼に勝った負けたはあまり関係ない(…ということにしておく)。
大事なことは別にある。

この連載の課題の一つは、「どうしたら上手く作れますか?」にどう答えるかである。
ビルドに関するテクニカルなことはもちろんだが、
それ以外にも、〈そういう人との出会い〉、或いは〈コンテストに参加すること〉、
というのもそれぞれ答えの一つとして有効と私は思う。

物作りに限らず、どんな現場でもそうだろうが、
こいつより良い仕事をしてやる、あいつ以上のことをしてやろう、
そういう気概は重要だ。
ただそう発奮するには、当然それに足る目標、対象が必要となる。

手っ取り早くライバルを得たければ、コンテストに出るのが一番だ。
そういう現場だからこそ出会える人たちがいる。
大澤氏はその一人だ。
垂水会場は、さしづめ梁山泊のような有様で、
私も含め実力のある大人げない参加者が多い。

全員ライバルに違いないが、その中でも大澤氏は特別だった。
数ある参加者の中で彼をターゲットにしたのは、
単に彼が有名人であるからに他ならない。
有名人を狩るのは燃える。

コンテスト故、必然、〈他の参加者より上手いものを作る〉ことがお題目となる。
有名人を狩ろうと思ったら尚更だ。
しかし、このおかげでビルドのスキルが上がったことは間違いない。
事実、時には失敗もするが、それでも年々上手くなっていることを自ら実感している。

          ★ ★ ★ ★ ★

そういえば、私は未だに大澤氏に会ったことがない。
垂水で顔を合わせたことは一度もなかった。
とりあえず彼に会ったら…、
握手して、チョップして、ダッシュ。

ごめんなさい。ウソです。
posted by KM at 15:06| Comment(0) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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