2017年11月13日

クリブリコンテスト出品作品(7-9)

★ 山鉾編4 ★

細かい装飾等について。

〈写真@〉
IMG_5283.jpg

黒漆地に金鍍金の錺金具(かざりかなぐ)のついた欄縁(らんえん)と柱には、
パール金の角や牙のパーツを、或いはグリルタイルを配置しそれらしさを演出した。

天水引の房飾りは、Friendsシリーズに入っていた犬のコンテストの勲章を代用。
四つの角の房飾りは、ニンジャゴーの金の手裏剣やパステルピンクの葉などを用いた。

〈写真A〉
IMG_5268.jpg

車輪は、蒸気機関車用の動輪の表裏を反転させて用いた。
馬車用の黒の車輪(Mサイズ)でもいけそうだが、しかしこれだとスポークの数が足りず、
また輪が細く頼りない印象を与えるので止めた。

〈写真B〉実際の写真
IMG_5429.jpg

〈図@〉馬車用の車輪(M)
車輪1.jpg

〈図A〉蒸気機関車用の動輪
車輪2.jpg

蒸気機関車用の動輪には、フリンジありとそうでないものの二つある。
山鉾の車輪の形状に近いのはフリンジなしのものだが、
横から見ると輪の部分に厚みがない。
フリンジありのものは、車輪を裏返すと横から見ると
輪に厚みがあるように見えるので、これを使用することにした。
無論、縦方向から見ると刃のように薄く尖ったものになり、
およそ山鉾の車輪とは似ても似つかない。鉄道用の車輪だからそれも当然だ。
しかし、作品の構成上、縦の面は提灯や柵で隠れる部分が殆ど。
側面の見てくれが重要なので、これでよしとした。

        ★ ★ ★ ★ ★

祭りをテーマにするうえで難しいのは、
当たり前のこととして祭りは一年に一回のことであり、常にそこにあるものではないので、
そう都合良く取材出来ない点にある。
これを制作した2015年当時、
その年の後祭宵山、山鉾巡行よりも前にコンテストの締め切りがあったため、
作品の完成後に実物の取材という本末転倒なことになってしまった。

実際に京都に行き、作ったものと実物を見比べると、細かな違いがあることに気づいた。
宵山と巡行当日とでは飾り付けが少し違うようである。
作品の制作は、既存のYouTube動画や画像検索で得られた結果をもとに制作したが、
この時の写真や画像は、その多くが巡行当日のものであったため、
大方、飾り付けが巡行のものになっていた。

〈写真C〉北観音山後祭宵山
IMG_5523.jpg

相違点としては、
一つ、天水引の房飾りの数が多かったこと。
各辺の中二つは、宵山当日にはまだ取り付けられていない装飾である。

二つ、御幣を置いてしまったこと。
巡行の際、露台の進行方向側、外に向かって突き出すように大きな幣が二つ掲げられるが、
宵山ではこれはいらなかった。が、そうとは知らずに作ってしまった。

三つ、山鉾の裾を隠す紺と白の水引幕は不要。
山鉾の下には、辻回し(つじまわし/交差点での方向転換)の際に使う敷板の竹材が仕舞われるのだが、
これを隠すための幕のようである。これも巡行当日に張られるようである。

この辺りは、もしかすると祭りの関係者から怒られる点かもしれない。

        ★ ★ ★ ★ ★

最後に、カラクリについて。
今回のカラクリは非常に簡単なもので、
露台に上がった招待客(※)がうろうろとその装飾を鑑賞するというものである。
要は、露台の中に回り舞台が仕込んでありそれがグルグル回転するだけだ。

(一応、念のために記しておくと、
以前クリブリコンテスト出品作品(7-4)★町家編2★ でも書いたとおり、
北観音山の鑑賞が出来るのは、鉾町の関係者と招待客のみである。
通りすがりの一般人は見ることが出来ない。)

今回は、複雑なカラクリを十分に仕込むだけの余地がなかったため、
この程度の簡単なものでお茶を濁すことにした。
その分、町家の屏風祭りの折り畳みカラクリに注力することとなった。
詳しくは、クリブリコンテスト出品作品(7-5)★町家編3★ を参照のこと。

カラクリの動きについては、
以下の動画で見ることが可能です(カラクリ動作は、6:08辺りから)。


次回、この項、最終回

註※
写真@〜Cは筆者による。宵山の写真は、2015年7月23日撮影のものである。
また、図@Aも筆者による。
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2017年11月12日

クリブリコンテスト出品作品(7-8)

★ 山鉾編3 ★


山鉾を彩る。

山鉾を作る上で頭を悩ませたのは、
何より布地の表現である。
金襴緞子(きんらんどんす)の刺繍が施された水引幕(みずひきまく)と
胴懸(どうがけ)の中東の絨毯を
ブロックでどう描き分けるかというのはなかなか至難な課題だ。

〈写真@〉
IMG_5439.jpg

金糸、銀糸、絹糸で構成されたピカピカ、スベスベとした布と、
羊毛で編まれた絨毯のモフッ、ズシッとした感触とウェットな色彩を、
大した考えもなくプラスティックの四角いブロックで普通に作ってしまうと、
ただの模様の付いた四角い箱になってしまう。
平板な印象に陥りかねない。

そこで過去の写真やYouTubeの動画を見て考える。
例えば、以下のような動画である。


(動画引用=hallohallostudioさんの動画より、
『京都・祇園祭2012年 山鉾巡行 北観音山の辻まわし 新町御池交差点』)

こうした素材を見て、私が着目したのは布の重さだ。
水引幕と胴懸を比べると、前者の方が軽そうである。
動画をよく見ると、天水引が吹き付ける風や動作時の振動で靡いているのが判る。
それに比べて、胴懸は殆ど揺れていない。重そうである。

そこで考えたのは、この重さの違いを形で表せないかということだ。
そこで辿り着いたのが、
軽い水引幕をラウンドプレート1x1のみの横組みで、
重い絨毯を1x1プレートのみの横組みで描き分けるという方法である。
これは飽くまで個人的な感覚だが、
曲面と四角では、前者は軽く、後者は重く感じる。
そうしたイメージの差を用いた次第だ。

やり方は決まったが、これで全て解決したわけではない。
水引幕や絨毯の模様をどう描くか、だ。
これは点描(てんびょう)の技法を応用することにした。

点描とは、文字どおり、細かな点を描き寄せ集めて表現する絵の技法だ。
特に、19世紀末から20世紀初頭にかけて台頭した新印象主義(或いは点描主義)の
画家達が推し進めた手法である。
彼らは、ゲーテやシュヴルールの色彩論を拠り所に、
より科学的な光と色の表現を目指した。
その代表的な画家は、フランスのジョルジュ・スーラ(1859〜1891年)である。

A Sunday on La Grande Jatte, Georges Seurat, 1884
ジョルジュ・スーラの代表作〈グラン・ジャット島の日曜日の午後〉
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
(※ 画像クリックで出典先にリンク)

こうした絵はモザイク絵のようなもので、近くで見ると、
様々な色彩の点の集まりに過ぎず、何だかよく判らない。
引きの画で見て初めて、全体の構成が理解出来るというものだ。

同様に、
点描方式で、引きの画角で遠目にそれらしく見えるよう配色することはおそらく可能だ。
無論、予め色と形と大きさの決まったプレートをつなぎ合わせるため、
出来上がるのは所詮、かなり粗い解像度の代物である。
具体的な図像は勿論、絵の具で塗り分けるような
繊細な陰翳の変化を求めることは出来ないがだろうが、
それでも普通に積分して作るよりは、かなり真に迫ったものができるはずである。

そう信じて、実際の水引幕の柄と対照させて、色を与えていく。
そうしてプレートを繋ぎ、四つの面を作る。

〈写真A〉
IMG_5283.jpg

絨毯の部分も考え方は同じだ。
なかなか都合の良い色が見当たらないので、
元の画に近い割と地味目でウェットな色彩のプレートを選び、
幾何学模様を編む。
当初は1x1プレートのみの横組みで組んだが、実際にやってみると、
角が強く出過ぎるうえ見た目が重く、硬すぎる感じに仕上がったので止めた。
重さと柔らかさを同時に感じさせるいい方法はないかと考えた結果、
角プレートとラウンドプレートを交互に組み合わせて、その両立を目指すことにした。

〈写真B〉
IMG_5268.jpg

次回に続く

※写真@〜Bは全て筆者による。
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2017年11月11日

クリブリコンテスト出品作品(7-7)

★ 山鉾編2 ★

今回仕上げた山鉾は、およそ以下のような形をしている。

〈写真@〉
IMG_5245.jpg

今回、何処から作るかとなったとき、まず屋根を作るところから始まった。
山鉾の胴回りの装飾をどう表現したらいいのか、
全く妙案が思い浮かばなかったためである。
とりあえず時間がないので、
出来そうなところからどんどん片付けていくという方針で当たることにした結果、
屋根からとなった。

北観音山の照り屋根については、
デンマークの作家、セザール・ソアレス氏の技術を参考にした。
同氏は、ぐにゃりと反り返った屋根を持つ、
今にも崩れそうな中世ヨーロッパ風の家屋を得意とする作家である。

〈写真A〉

セザール・ソアレス作“The Wedgwood House”
出典:flickr、セザール・ソアレス氏のページより
(※ 画像クリックで出典先にリンク)

彼の建築テクニックについては、2015年5月にリリースされた
“Hispabrick Magazine 022”に特集が組まれている。
当該雑誌は文字どおりスペインの同人誌だが、
英語版PDFも配信されているので、
興味のある方は一読されたし。
グラビアだけでも十分楽しめる一冊である。
(詳細はこちら→Hispabrick Magazine 022)

その一部を引用すると、彼の屋根の作り方は、
クリップと取っ手付プレートでこさえたヒンジを細かく用いて反りを作っている。

〈図@〉
hb022p11.JPG
(引用元=“Hispabrick Magazine 022”よりP.11から一部抜粋)

この技術を応用し、およそ以下のような骨組みで屋根を作った。

〈図A〉
山鉾屋根骨組1.png

骨組みが粗方決まると、
破風下の木彫雲鶴の装飾を再現すると同時に破風の装飾も再現する。
屋根、破風、破風下と変な隙間が出来ないようそれぞれ調整しながら作る。

〈写真B〉
IMG_5361.jpg

破風回りのデザインが固まると、
いよいよ屋根表面をタイルプレート黒で平らに仕上げ、
両端に金の鬼板を置き、網隠しを載せる。
実分の網隠しは赤い布を巻いて作るわけだが、
そうした質感を出すため、曲線パーツや傾斜パーツを駆使し、
なるべく角が出ないよう滑らかに作る。

〈写真C〉
IMG_5386.jpg

この部分の基本は赤色だがしかし、
それ一色だと平板な印象を与えるので、
ここに少し異なる色のパーツを混ぜ、
布の重なりや折り皺による陰翳を表現する。
この辺りは、絵を描く要領で作業に当たる。
赤い布が作る陰の色は、
概ねダークオレンジからエンジ、焦げ茶を経て黒となる。

今回は、ダークオレンジとエンジぐらいが丁度いい。
網隠しには、金地の左三つ巴の御神紋がかかる故、
ある程度形が出来たところで、
それをパール金の2x2ラウンドタイルで見立てて貼り付け、再現。
最後に、網隠しの頂に真松を立てて完成。
実物の真松は、山鉾の二倍近い高さはあるが、
今回の作品は飽くまでコンテストサイズなので、
制限高30センチに収まるよう作っている。

次回に続く

※写真@BC、及び、図Aは、全て筆者による。
posted by KM at 18:50| Comment(2) | 作例研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする